島原半島の形成
島原半島形成は約40万年前からの雲仙岳の噴火によるものですが、雲仙岳の噴火は約200万年前から活発に形成されてきた「別府-島原地溝帯(地殻が極端に薄くなっている地帯)」によって引き起こされた、と考えられています。
眉山崩壊(島原大変・肥後迷惑)
眉山崩壊は江戸幕府末期の1792年、日本最大の山体崩壊災害として発生しました。
島原側では土石流等による死者約9千人、有明海対岸の肥後(熊本)側では津波等による死者約6千人と記録されています。
平成新山の出現
眉山崩壊から約200年後の1991年(平成3年)6月、雲仙岳の新たな噴火口として約半年前から成長を続けてきた溶岩ドームが大崩落して、警戒監視の警察・消防等の関係者18名、火山活動報道のマスコミ関係者16名が大火砕流に呑まれ死亡しました。
現在は溶岩ドームの形成は停止していますが、形成された新たな溶岩ドームはこれまでの最高峰普賢岳1359mを超え、1483mとなり「平成新山」と命名されました。




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